2016.04.18
漫画家、出版社の未来。漫画はどこへ行くのか?本当に漫画家で生活できるのか?『マンガの現在地!』を読む。
漫画業界のど真ん中で話し合われた「未来の漫画像」
先日、ある本を購入しました。島田一志さんがフィルムアート社で出版した『マンガの現在地!~生態系から考える「新しい」マンガの形~』という本です。ここでは島田さんだけに限らず、京都精華大学で教鞭を取るさそうあきらさんや星海社代表の太田克史さん、マンガ業界の批評家として著明な中野晴行さんなど、様々な方との対談やインタビュー、寄稿を読むことができます。マンガは私たちにとって随分と親しいメディアになりましたが、マンガ自身を取り巻く環境は大きく変わっています。その細かい内容は本書の内容を読んでいただくとして、ここでは本の内容を少しだけ紹介すると共に、漫画家という職業が現在どういった立ち位置になっているか考えてゆきましょう。
このHPを見ている方は、子供の頃マンガを紙媒体で読むのが当然だったと思います。しかし現在はcomicoを始め電子媒体で連載されるマンガを端末で読む、ということが早くも常識となっています。今漫画家を目指す人達の大半はやはり「自分の作品の単行本が出ること」が目標となっていますが、中には単行本として紙媒体で掲載するのは難しいWEBならではの特性を活かしたマンガも数多くあります。今はそれでも単行本がいくつも出ていますが、空前のマンガブームと言われる状況で単行本の売り上げは伸び悩んでいます。また、広告費を全くかけないままTwitterだけで有名になる漫画も多数あります。漫画家を目指す人達は、少なくともこういった漫画業界の移り変わりについて視野に入れないわけにはいきません。みなさんのライバルは紙媒体だけでなく、ネット上の1コマ漫画やイラスト、まだ見ぬ最適化媒体、デビューしていない個人クリエイターまで膨大な数があるのです。
「既存の漫画業界の中から新しい漫画は生まれない」
この本に収録されている島田さんと太田さんの対談でも「次世代の漫画はどうなるのだろう」というテーマが設けられています。その中で印象的な一言は、太田さんの発した「マンガ雑誌なきマンガ界を構想できる人は(中略)マンガ業界にいない人たちだけだ」という言葉です。島田さんも太田さんもマンガが大好きで、漫画業界にずっと浸かりきっている人達ですが、そういう人達が「マンガの作り方や方法論を何とかしなければいけない!」と意気込めば意気込むほど過去のマンガの在り方にとらわれてしまい、なかなか上手く行かない。今マンガの業界をよく知らない、わからないという人達が「これまでに無い、マンガっぽいけれどマンガじゃ無い何か」を作った時、新しいマンガの時代が来るんだ、という話です。紙媒体から電子媒体との共存へと向かっている「マンガ」が表現としてどれだけの自由さを持っているか証明できるのは、マンガについてまっさらな人達だけなのです。
例えばマンガの神様として手塚治虫はよく知られています。彼が何故「神様」なのかと言えば、それは「今までに無いマンガ」を確立したからです。彼は家が裕福だったため、親が買ってきた映写機で子供の頃から毎日の様に映画を観ることが出来ました。それによって映画的手法をマンガの中に自然と取り入れ、それまでの単調なマンガの中に「カメラワーク」「演出」という考え方を自由に持ち込みました。藤子・F・不二雄も子供の頃に大きな影響を受けた『新宝島』のOPは、今私たちが読めば単調ですが、当時は映画でもマンガでもない何か新しいもの、という受け取られ方をしています。同じように手塚治虫の他にも「物語を追う」というだけでなく「登場人物の内面に深く入り込む」という表現や「心理世界を巧みなコマ割や浮遊物を散らすなどの空間演出で行う」という少女マンガの表現もマンガの自由さに拍車をかけました。今ではマンガで育った人達が大人になり、マンガを用いたビジネスがどんどん生まれつつあります。そういう状態でこそ、更に新しい表現や新しいマンガの在り方が模索されているのです。
エンターテインメントの発展のために
この本では最後の方に「マンガが起こっている場所たち」として、漫画元気発動計画やcomico、同人誌即売会や、コンシェルジュのいるマンガ喫茶として知られるマンガサロン「トリガー」などの紹介がされています。マンガを描く人というのはマンガと自分だけの関係では無く、このようにマンガが消費される場所、マンガが生まれる場所、マンガがプロデュースされる場所についても知識を仕入れておいて損はありません。あなたの描きたい作品、表現したいものを環境に合わせてがらっと変えてしまう必要は必ずしもありませんが、この世の中にどれだけの可能性があり、自分の表現がどのようにすればもっと見てもらえるかについては敏感になっても良いでしょう。そういう意味でこの『マンガの現在地!』という本はとても良くまとまっていました。GWの間にも軽く読めてしまえる本なので、お勧めいたします。